家族信託の基礎的なことがわかったところで、さらに家族信託について見ていきましょう。ここでは家族信託を利用するメリットと注意点についてご説明します。
家族信託のメリット
家族信託を利用するメリットとして大きく次の5つがあります。
1. 認知症などになっても財産の管理処分ができる
現在の法律では、ご高齢になり認知症などで判断能力が低下してしまうと、契約書などを交わすことができず、ご自分の財産処分ができなくなり資産が凍結してしまいます。そこで意思判断がはっきりしているお元気なうちに家族信託を結んでおきましょう。家族信託を結んでおくことで、ご本人の判断能力が低下してしまっても、財産管理を任せた受託者が財産の管理や処分をしてくれます。 たとえば家族信託を結んでおくと、ご本人が入院や引っ越しなどで誰も住まなくなった家を売却することができます。家族信託を結んでおかないとこれは難しく、よい買い手がいるので家を売却して入院費などに充てたいのに、それができない、とお困りの方もいらっしゃいます。
2. 成年後見制度よりも利用しやすい
家族信託と似た制度で成年後見制度がありますが、次の点で、家族信託は成年後見制度よりも利用しやすい制度として注目されています。
- 成年後見制度では、家庭裁判所へ定期的な報告をしなければならない。
- 成年後見制度で後見監督人が選任されるケースでは、後見監督人に毎月報酬を支払い続けなければならない。
- 成年後見制度でサポートできる内容は純粋に本人にメリットがあることに限られ、資産運用などは柔軟にすることができない。
このように家族信託に比べ成年後見制度は負担や制約があります。ところが家族信託ではご本人がお元気なうちに信託契約を結び、その契約書でご本人の希望や方針を確認し、さらにご本人希望や方針に反しない限り財産の管理や運用を行うことができるという取り決めをすることができます。 これによって特に3については、成年後見制度では古くなった賃貸建物の建て替えや不動産の買い換え、借入によるアパートやマンションの建設といった資産の組み換えができませんでしたが、家族信託ではこれが可能になります。相続対策にもなるでしょう。
3. 遺言書の機能があり、さらに受遺者の財産管理もできる
家族信託ではご自身が亡くなったあとの財産管理について遺言書の機能を果たし、加えて遺産を受け取る方の財産管理についても決めておくことができます。たとえば、アパート経営をしているご年配のご主人に認知症の奥様がいたとします。ご主人が亡くなったあとは、奥様がアパートを相続したとしてもその管理ができないので奥様に成年後見人をつけてアパートの管理をしてもらわなければなりません。 ところが家族信託を結んでおけば、たとえばご主人はご主人自身が認知症などで判断能力が衰える前から、甥っ子さんなどにアパートの経営を任せることができます。加えてアパートの収益から認知症の奥様の生涯にわたる財産管理や生活資金のサポートを委ねることができるので、遺言書のような充実した取り決めができます。
4. 希望する資産継承の道筋を作れる
家族信託には遺言の機能があることは先にご説明しましたが、さらに2次相続についても、家族信託では取り決めをしておくことができます。 2次相続はどういうものかというと、たとえばAさんが亡くなりその長男であるBさんがAさんの財産を相続する場合を1次相続といいます。さらにBさんが亡くなり、Bさんには子供がいなかったので奥さんであるCさんがその財産を相続する場合を2次相続といいます。 遺言書では1次相続までは指定することができますが、2次相続について指定できません。つまりAさんが自分の財産をBさんには相続させたいものの、Bさんが亡くなったあとはCさんではなく二男の長男であるDさんに相続させたいとしても、Aさんは遺言書でこれを指定することはできません。 ところが家族信託であれば、AさんがDさんに財産を相続させることは可能なので、家族信託は遺言書よりも希望する資産継承の道筋を作ることができます。後々予想される遺産分割争いを対策しておくこともできるでしょう。
5. 不動産の共有によるデメリットに対処
不動産の名義人が一人ではなく、割合に応じて所有権を持つ人が複数人いる不動産を共有不動産といいますが、家族信託では共有不動産であるために発生するデメリットに対処することができます。 たとえば相続によって父の名義だった家を兄弟姉妹4人が共有で相続したとします。それから数十年が経ち、誰も住まなくなったので家を売却しようとした場合には4人全員の同意がいるのですが、このときに認知症になってしまった方がいるといったさまざまな事情で共有者全員の同意が得られないと、よいタイミングで家を売却することができません。 このような場合に家族信託を結んでおくと、よりスムーズに不動産を売却できます。
家族信託のデメリット
損益通算禁止のリスク
信託における税務の考え方は、「信託財産である不動産から生じた損失はなかったものとみなす」というものです。つまり、信託から生じた不動産所得に係る損失は、当該信託以外からの所得と相殺することはできず、当該損失を翌年以降に繰り越すこともできません。 例えば、賃貸アパートを2棟所有しているオーナーが、1棟については受益者を自らとして息子に信託をし、残る1棟は自らが管理をするというような場合、2棟の賃料収入は両方ともオーナーの所得となります。ただし、信託をしたアパートが大規模修繕などを行い損失が生じた場合には、信託財産における損失はなかったものとみなされるため、信託をしなかった場合に可能であった損益通算ができなくなってしまいます。
税務申告の手間が増える
信託財産から年間3万円以上の収入がある場合は、信託計算書・信託計算書合計表を作成し、前年分を毎年1月31日までに税務署に提出しなければなりません。 また、確定申告の際、信託財産から不動産所得がある場合には、不動産所得用の明細書の他に信託財産に関する明細書を作成し、申告書に添付しなければなりません。
受益者が課税されることがある
信託における税務は複雑なため、予期せぬ課税がされて驚いてしまうケースもあるので注意が必要です。 原則としては、財産権が実質的に他者へ移ったかどうかで課税の有無を判断します。信託設定時に信託財産の受益権を取得した方や、信託終了時における残余財産の帰属者などは課税対象となる場合が多いため準備をしておかなければいけません。税務に関しては、税理士などのアドバイスも受けながら、しっかりとした対策をたてておくと良いでしょう。